Home >> TV >> 1986年〜1988年




1986.09  上海紅鯨団


.1. FEEL ME TONIGHT

.2. オルガスムの最後だけ

スタジオで練習中のメンバーを桜金造がリポートします。
トシ21才。SHU21才。思いきりテロップに本名と歳が出てます。
自分が新人類だと思う所は何処だと金造に質問され
頭が金髪と言いたかったトシが「頭」と答えると、
金造は勘違いし中身の事を言ったと思い、「切れてる?」と聞き直すのが面白い。
メンバーはYOSHIKI、TOSHI、SHU(JUN)、?(ヒカル)です。

    












1986.11.19  「元気がでるTV」秋の運動会


"元気が出る商事"
"スケバン刑事"
"ボディビルダー"
"ニューハーフ"
"パンチパーマ"
"横浜グリース"
"元気村"などのチームが紅白に別れて競いました。

                       


"ヘヴィメタル・チーム"のゲイリーヨシキさんは、100m走、はんにゃのヒトミとの
二人三脚を、あの皮ジャン(コートだったかな?)皮パンで
こなしていらっしゃいました。もちろん頭はウニです(笑)

一方、何故か名前がオジーアキラのTOSHIくんも、
ゴツゴツ・ガンダム仕様のかっこをし、リレーでこけたり、
騎馬戦でエキサイトしたりしておりました。

他にも、むかで競争で、井出らっきょの頭にウニのイガイガを突き刺したり
脱線したりと、それなりに楽しそうではありました。

余談ですが、開会式で火吹きをしたウィザード・ミツオは、
元Doomの諸田さんです。Xと対バンしたこともあります
(1987/12/29 Live Station/Dynamite Year End Metal Party)














1986.07.27 「元気がでるTV」ヘビーメタル界最高の男

 


ヘビーメタル界最高の男:ゲイリー・ヨシキ(20)

「ヘビーメタルやめたら家業継いで呉服屋。アフリカで演奏したい。」

「原宿の某パンク衣装専門店から、常連だったXのメンバーに
某TV制作会社からハデハデのバンドを捜しているからとの取材協力の
依頼をされ、付き合いでOK。
現場に行くと同じ多方面から取材協力を依頼された当時リアクシャンのヤスが
部屋だけを提供し、番組の性質から出演を拒否。
そこでイメージがぴったりということで”ヨシキの部屋”として撮影された。
ちなみにその時、中野サンプラザ前で火を吹いたのは、
当時のメンバーのJUNである。(SHOXX Vol.31より)












 





1987.012.26 CBS SONY オーディション'87
                決勝大会



「CBSソニー・オーディション'87決戦大会」出場。
は育成アーティスト賞を獲得。

















 






1986.07.19 「元気がでるTV」やしろ食堂


HIDE、Xの初仕事。やしろ食堂で食べているお客に交じり、
オルガスムを演奏。
店主のひきつった顔が可笑しいww
「食うぞ〜〜〜〜」

カウンターの中にTAIJIとPATA。
外にTOSHIとHIDEとYOSHIKIでした。

食堂のカウンターの上にある物干竿の様な物を持ち頭を振っていたトシが
はずみで壊してしまう。
        


















1988.10.17 ラジオDEゴメン



『VANISHING VISION』&名古屋ハートランドLIVEのプロモーションです。
「一緒に暴れましょう」YOSHIKI←ここでもCO2を…

TAIJIが酔っぱらってて司会にウザがられています;;;

この時の出演で、プロデューサーに怒られたそうです。
メンバーが酔っていたことと、なんと、LIVEで
使用するCO2ボンベを持ち込んでいたそうです。

YOSHIKIさんが、何のキッカケもなしに、
話している途中でいきなり出したそうです。

このことでプロデューサーがカンカンだったそうです。

それでも次の日、TOSHIさんとYOSHIKIさんが
出演し、話をきちんとしたそうです。

このことで、中京TVに対するクビがつながったそうです。

TVでも関係なくXらしさが表れていると思います。













1988.10.18 ラジオDEゴメン



YOSHIKI、TOSHI出演。
ハートランドでのライブ後の出演。結構和気あいあいな雰囲気です

司会:WAHAHA本舗の久本まちゃみが、
いきなりYOSHIKIのことを「OKAMA」呼ばわり(笑)
「京本政樹に似てない?」もありました(笑)







 







1988.10   「テレテレゲットレディ」(北海道TV)


1.X

2.紅

「えーっと、XっていうバンドのリーダーのYOSHIKIです。
札幌に来たのはねえ11月ぐらいに来て、あっ、10月か。
で、メッセ3daysやって、なかなかお客さんは骨っぽかったというか、
けっこう盛り上がりました。

で、というわけで、えーと、この今年の4月に出た、
俺なんかの自主制作盤なんだけど、
1stアルバム“VANISHING VISION”ってやつがなんとか15,000枚売れて
しまって、その記念に出たのが、えーと、このピクチャー・レコード。

----- ここでメンバー紹介 -----

で、俺ガキのころからクラッシックにちょっと興味があって、
プラッとこの音楽教室の前に来ました。
ま、ピアノでも弾いてみようかなと思って。

で、そうだ、俺なんかはね、来年の4月に、
一応CBS SONYからデビューするのでよろしく。…ピアノでも……。 」

----- ここで映像 -----

「Xってねなんかね、ハードコアっぽい曲とかパンクっぽい曲とかも
あるんだけどなんかけっこうね、
ほとんどピアノで作ってしまうというね、変なノリなんですね。
じゃあ、一曲『紅』で…紅っていう曲があるんで、ちょっと弾いてみようかな。
(ワンフレーズ弾いて)
この曲もなんだかんだいいながらピアノで作ってしまったという。
で、なんだっけな…俺ガキの頃からだからずっとピアノやっててねえ、
けっこうクラッシックが好きだったんだけど、
最近なんかまた目覚めてしまって、ちょっとクラッシック・ピアノでも
弾いてみようかなと。それからXの曲につなげます。 」

----- 演奏 -----

(突然手を止めて)

「あ、そうなんだ、この曲ってXのバラードの中にもあるんだけど、
これねえベートーベンの『月光』って曲でそれが好きでねえ、
パクッたわけじゃないんだけどアレンジしてやったの。
たぶんわかると思うんだけど…。」

----- 演奏 -----

「こういうクラッシック紛いのこともやっているという(笑)
やっぱりいまでも、クラッシックが好きですね。」

「札幌に今度来るのはねえ、
たぶん今度はホールになっちゃうかもしれないんだけどえーと4月ぐらいに
来るんで、ま、その時もまた何か事件を巻き起こして帰るので
よろしくお願いします(ぺこ)」

-- YOSHIKIによるXミラー・プレゼントの告知 --

「ま、しつこいようだけどXよろしくっ!」







 


Home >> TV >> 1986年〜1988年